●私の本棚・大江健三郎著『厳粛な綱渡り』

(産経新聞の「私の本棚」からの再録です。)
【週末読む、観る】

■無視できぬ存在感

【私の本棚】文芸評論家・山崎行太郎 大江健三郎著『厳粛な綱渡り』




 6月1日
 池袋の某居酒屋で、『清水正ドストエフスキー論全集2』の刊行を祝う。これは“日本随一”のドストエフスキー研究家で日大芸術学部教授の清水正が、20歳前後に書いて自費出版した幻の名著『ドストエフスキー体験記述』の復刻版。40年近くをドストエフスキー研究一筋でやってきた清水の膨大なドストエフスキー研究の原点とも言うべき作品である。ところで亀山郁夫新訳の『カラマーゾフの兄弟』が売れているそう。巷ではにわかにドストエフスキー・ブームが起きているようだが、私は数年前から清水に弟子入り(?)し本格的にドストエフスキーを読み直している。昨夏、私の故郷、鹿児島の拙宅「毒蛇山荘」で、深夜まで清水と対談。それを元に対談集『現在進行形のドストエフスキー』も準備中。秋にはロシア・ペテルブルグ旅行も…。


 6月3日
 先月、奈良・吉野で、村上正邦参議院議員主宰の「一滴の会」と「月刊日本」が勧進元の2泊3日の勉強会に出席。平沼赳夫衆院議員らも参加。朝夕、佐藤優の講話をじっくり聞き、北畠親房神皇正統記』を読む。如意輪寺、吉水神社、後醍醐天皇陵、皇居跡などを見学。帰京後、佐藤を中心に南北朝の動乱を描く『太平記』を月に一度はひもとくことにする。


 6月5日
 日本保守主義研究会(岩田温代表)発行の月刊誌「澪標」(早瀬善彦編集長)に連載中の「丸山真男小林秀雄」執筆のため、丸山関係の本を集中的に読む。特に丸山が「原爆体験」を最初に告白したインタビュー記事「二十四年目に語る被爆体験」を含む『丸山眞男話文集I』を読む。


 6月6日
 立川・朝日カルチャーセンター「小説実作塾」に出講。駅ビル「ルミネ」のオリオン書房に立ち寄る。「情況」の「緊急特集『実録・連合赤軍』」を買う。私は、連合赤軍リーダー森恒夫に関心があるので事実は知りたいが、映画を見たいと思わない。今回の若松孝二監督の映画も見ないだろう。荒井晴彦の、事実は描いているが真実は描いていないという手厳しい批評に納得。映画といえば、「日本アート・シアター・ギルド」の歴史を実証的に検証した牛田あや美の『ATG映画+新宿』が面白い。牛田はこの論文で昨年、日大芸術学部で博士号取得。


 6月8日
 1月に急死した作家、河林満を偲ぶ会に出席。二次会で、富岡幸一郎と、大江健三郎の処女エッセイ集『厳粛な綱渡り』の話で盛り上がる。やはり大江は、好き嫌いは別にして、我々には無視できない存在なのだ。ところで大江の『沖縄ノート』をめぐる沖縄集団自決裁判が注目されるが、ほとんどの人が裁判の基礎資料である『沖縄ノート』も曽野綾子の『沖縄戦渡嘉敷島「集団自決」の真実』も読んでいないことに気付く。だからこそ私は熟読を繰り返す。熱烈な大江ファンだった高校時代を思い出し、『大江健三郎 作家自身を語る』まで手を伸ばす。なつかしい。


★ やまざき・こうたろう 日大芸術学部講師。昭和22年、鹿児島生まれ。慶応大卒。著書に『小林秀雄ベルクソン』など。

【週末読む、観る】私の本棚・山崎行太郎 大江健三郎著『厳粛な綱渡り』(産経新聞)